救急搬送2017年09月21日 12:34

(10月21日記述)
この日、シフトの関係で休日の朝、娘を送りだしトイレにこもる。2日前の9月19日の人間ドックで胃のレントゲンの為バリウムを飲んだのが便に出切ってなかった。下剤も飲んで少しずつは出ていたので、そのうち出るものと思っていた。過去毎年何の問題もなくバリウムで問題は起こらなかった。
この日、出そうなのに出ない❗で、突然、今までに経験したことのない痛みが襲って来た。痛みは強弱が波のように押し寄せ、我慢出来ず、スマホで救急車の要請をしてしまった。
すぐに救急車が来てその日の救急当番の病院に入院することになった。痛みがひどくてあまり記憶にない。いろいろ聞かれて、娘の連絡先や勤め先を言ってた気がする。そこの病院ではとりあえず、胃腸の薬で出るのを待つ方法がとられた。レントゲンやCTではまだまだたいしたことはなかったのかも…
その日、大学の附属病院から来ていた先生から転院の話を持ち出される。このままではいずれ腹膜炎を起こす可能性がありその時は開腹手術が必要になるとか。
私は痛み止めと点滴で訳が解らないまま、それを受け入れた。
翌日の転院、決定!

緊急手術2017年09月22日 00:17

(10月22日記述)
この日、朝から転院のことは決まっていたが、記憶はあまり無い。お昼の1時に市の救急車で大学の附属病院に転院。
検査後、25歳の娘と81歳の母が説明を受け(何とも頼りない2人ですが、今はこの2人にしか頼れない!)大腸に穴があいて汚染されたものが体内に漏れ、腹膜炎を起こしているので緊急手術をするようになったらしい。病名は「S状結腸穿孔に伴う汎発性腹膜炎」かなり生命の危機にさらされていたみたい。その日の午後6時に手術されることになったらしい。娘が、すべて承諾し、保証人となり手術が行われた。私にもなんとなく人工肛門というワードは伝えられていたような気がする。
それまでの痛み止めと全身麻酔とで何も解らないまま翌朝を迎えていた。

人工肛門造設2017年09月23日 08:27

(11月2日記述)
手術の翌日、9月23日は娘と私の弟の誕生日。
あまり記憶にないのだが、お見舞いに来ていたよう。
娘にとっては最悪のBirthdayとなったに違いない…😢💦

苦しかった‼
呼吸器をつけているからか痰やつばを呑み込めず
吸い取ってもらわなくてはならない。他にも、痛み止め、栄養分の点滴やら、血圧のモニター、ドレーン排出の管、尿排出の管、よくわからない管に繋がれ身動き出来ない状態だった。
まだまだ、意識が不鮮明なところがあるものの
ストーマになったことは受け入れていたかも…
こちらの意向とか関係なく、否応なしに受け入れなければならないことになっていた。
長い付き合いになると思う、積極的に受け入れる方向で対処しなくてはと自分に言い聞かせていた。

術後せん妄2017年09月28日 09:15

(11月2日記述)
前日の9月27日に人工呼吸器が取れた❗嬉しかった❗🎵
酸素マスクはしてたけど、自分でつばが呑み込めるということに喜びを感じていた。
この日から、娘に預けていたスマホを自分で操作することが出来るようになった。

知らなかったことや不安なことこれからのストーマ生活に必要なこと障害者手帳やこれから着れる服装などまで様々な知識を取り入れることが出来た。
そして、ある日にちの勘違いからいろいろと妄想が発展し幻聴に悩まされることになった。
まず、所長からのLINEで「明日の朝9時に打ち合わせに行っていいですか?」これが9月21日に来ていた。転院、手術前の事なので、まだまだここまで大変なことになる前の話である。私は、昨日このLINEが来たように勘違いしてしまった😵💧
これがことの発端であろうと自分では分析してみた。
ICUの病棟である。ひっきりなしにナースコールやモニターの機械の音等がなり続ける。この音が朝から入れるはずもないICUに所長が来て私に面会を求めているという勝手な想像で、所長の声まで聞こえて来た。
その上、弟の声や以前の仕事仲間(今、その病棟に勤めているという設定)に意地悪なことを言われる…などのありえない幻聴が聞こえて来る。
油をまいて火をつけられそうになり逃げ出そうと看護士さんと戦う‼翌日はストーマの排便が汚いと言われ当て付けのようにがんがら音をたてて消毒される。その次の日は、私も転院出来るかのように思い込み、お迎えが来ているのに看護士さんが邪魔をしてお迎えの人に会わそうとしない。すべて、ベッドの上で身動き出来ないままのもどかしさありの幻聴でしかないのでしたが…
弟に助けて!とLINEをしたので来てくれて、ありえないことだと説明を受け、娘からも看護士さんは信頼出来ると言い聞かせられ、半信半疑なまま受け入れることにしました。後あと、考えてみると確かに言われた通りその通りなのです。
意外と術後せん妄は記憶にない人が多いようですが、私は鮮明に記憶に残っており、今でも相当恐ろしい思いをしたと思ってます。
手術前に術後せん妄について説明を受けていればもっと冷静に受けとめていたかもしれませんが、何しろ緊急手術だったので何もわからず大変な思いをしてしまいました。今となっては笑い話となってますが(笑)